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アーティストインタビュー
岩波滋
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岩波滋先生講演
楽師としましては、陛下の捧げる祈りの場に音楽を添え荘厳することを使命として長い間、楽の技術を継承しながらご奉仕してきているわけです。
それでは、改めまして岩波でございます。
雅楽と申しましても、これをテーマにお話するというのは、非常に間口が広く、つまり雅楽は、音楽であり、舞踏であり、また装束については、彩色・文様・織物・染色、そしてそれに付随するものとしては彫金であるとか、いろいろな技術が必要となりますし、宇宙感、四季折々の自然感、また文学など、切り口は本当にたくさんあります。これらのことを全てお話すると大変な時間が掛かってしまいますので、今日は儀式の中でも一番大きな御即位の礼についてお話させていただきます。

御即位の礼式場にて御即位の礼は今からちょうど23年前。実際は、平成2年ですので、21年前になります。御即位の礼があるためには、当然御大葬の礼もあるということになりますが、そちらも含めて約2年間宮中では御祭りが絶えずなされております。御即位式は当然ながら陛下の重要な儀式でございます。真の天皇陛下になるまでにはいくつもの儀式を経て、御即位式のみでなく、その年に収穫された御新穀をお召し上がりになられて、初めて完成されるのですが、それが大嘗祭(だいじょうさい)ということになります。御代替わりの年行われるのを大嘗祭、それ以外の年行われるのを新嘗祭(しんじょうさい)と言いますが、大嘗祭や新嘗祭という言葉も、最近では知らない方が多いかと思います。と申しますのも、現在では学校で教えられませんし、勤労感謝の日となっておりますので、ピンとこないんですね。

新穀をいただくという儀式は、古来より日本ではとても大切なことでした。お米の豊穣と感謝を祈り、国民の安寧を願う儀式を行ってきたのが歴代の天皇でありますから、日本人とお米、そしてその土地に住んでいるということが、元々は一つなんですね。それでその祭祀王として、御世の代わりに行われるのが御即位式ということになります。この御即位式におきましては、実に1年間に28もの儀式を行います。私ども楽部としましては、25名でその多くの儀式に携わらなくてはなりません。また、楽師としましては、陛下の捧げる祈りの場に音楽を添え荘厳することを使命として長い間、楽の技術を継承しながらご奉仕してきているわけです。
大陸から来た俗楽を日本の美意識と感性によってつくり上げたものが日本の雅楽
舞楽「太平楽」ここで少しだけ"雅楽"という言葉についてご説明したいと思います。雅楽は、外来のものとして日本へ入り、儀式の音楽、また教養としての音楽となりました。雅楽と言うのは、中国では俗楽に対する雅正(がしょう)の音楽、正しい音楽、神様に捧げる音楽として、主に孔子廟で奏楽されて参りました。韓国では、宮廷で行われる音楽も含めて雅楽と言われるようになってますけど、基本は孔子廟、韓国はまさに儒教の国でありますから。

そして、日本ですが、唐(中国)・三韓(朝鮮半島)・インド・南ベトナムなどから伝わった音楽を、752年、東大寺の大仏開眼供養において荘厳のため結集させ、一大盛儀を催すなどしておりますが、平安に遷都しましてからは、150年から200年ほど掛けて完成させた、要するに、儀式のための音楽として完成させたのがまさに日本の雅楽です。ですから、大陸から来た俗楽を日本の美意識と感性によってつくり上げたものが日本の雅楽になります。また、儀式の音楽としてつくり上げられた雅楽は、今度は貴族の嗜みとして、宮廷内の教養としてさらに高められていくことになります。

私がやっている笙などは、喜怒哀楽などは100%先ず表せない。この歳になりやっと分かったことですが、もうただ楽器と一体となる、そういう思いで吹く。それくらい楽器は完成されてしまっている。現在では、笙などの伝統的な楽器を使っていろいろなパフォーマンスをされる方もいらっしゃいますが、本来は"祈りの場"、神仏に対する"祈りの場"として完成されたものなんですね。ですから、基本的には"祈りの楽器"、または"祈りの荘厳"ということに尽きるのではないでしょうか。まあ、それを理解した上で、将来性において研究などされる上でやられるのは非常に有意義であると思っております。

話を元に戻しまして、雅楽は広義においては外来音楽をもとに完成された舞楽と管絃、管絃を伴奏に歌われる歌曲<催馬楽・朗詠>、そして日本古来の国風歌舞(くにぶりのうたまい)があります。宮中三殿、賢所(かしこどころ)の諸行事は国風の古代歌謡を中心にしております。それから祝賀、饗宴においては管絃、舞楽が行われることになります。ちなみに11月12日の即位の礼「正殿の儀」には内外より2500人の参列者、158カ国、元首級の方等は475人と多くの方が参列されました。そしてその夜の饗宴には、外国元首、国際連合、ECなど350人の方々が列席されました。12日から15日までの4日間で7回の饗宴が催されたわけですが、日本人は1500人が参列され、昼間は「萬歳楽」、夜は「太平楽」の華やかな舞楽を鑑賞していただき、両陛下と共にお食事を召し上がっていただきました。歴史も伝統もある日本だからこそ出来るこの一大盛儀に、世界各国から多くの祝福が寄せられ、参列者が列席されたことは本当にすごいことだと思います。
その土地の民謡とか歴史を踏まえたものを歌にして、主基殿悠紀殿の儀では夜を徹して歌い、その間に陛下が新穀をいただきます
即位の礼及び大嘗祭を行うためには、その年の稲を育てなくてはならないのですが、場所の選定は、2月8日「祭田点定の儀」が賢所で行われましてこの御祭りは、実は亀の甲で占う亀朴(きぼく)で行います。その結果決まった県は、主基(すき)が大分県で、悠紀(ゆき)が秋田県でございました。私は秋田県の方の調査をしたのですが、実は大嘗祭に使う歌がございまして、それには、その土地の民謡とか歴史を踏まえたものを歌にして、主基殿悠紀殿の儀においては、儀式の荘厳のため夜を徹して歌い続けます。その間に陛下が御新穀をいただきます。「大嘗祭の儀」は11月22日に行われましたが、悠紀主基殿の儀は、6時間を超える長い長い御祭りでございます。その間にその年収穫された品々が献饌され、両殿にそれぞれお入りになられた天皇陛下は御新穀をお召し上がりになり、国民の安寧と感謝を捧げられるわけです。一切の人工灯を使わず暗闇の中、庭燎の明かりだけで夜を徹して行われる神秘的な行事です。宮中の儀式は質素ではありますけれど簡雅で厳粛な雰囲気を、特に外国のお客様においてはどのような感慨を持たれたのか、とても興味があるところでございます。

12日の即位の礼からはほぼ毎日と言ってよいほど、行事が行われます。両陛下におかれましてはほとんど寝ておられないのではないかと思うほど、本当に多忙を極めていらっしゃいます。11月22日から23日にかけての大嘗祭の後、23日、24日、25日と大饗の宴というものがございますが、ここでは日本の国風の歌舞を演奏させていただきます。新作の「悠紀・主紀地方風俗舞」、古代歌謡の「久米舞」、「五節の舞」、この「五節の舞」は唯一女性の舞で5人で舞われます。

私どもの楽部では、まあ、女性がおりませんのでこの「五節の舞」は継承しておりません。けれども、楽家には譜が残されているようです。その昔は公家ですとか、地位の高いかたのお嬢さん方がされたようですが、今回は楽師の娘さん方にお願いをしていたしました。女性には憧れの十二単衣を着装して舞うのですが、その着付けだけでも大変時間が掛かります。それに一生に一度のハレの場という緊張感もありますから、皆さん大層な忍耐と体力が要ったと思います。

私事ではございますが、私の娘、双子でありますが、舞う機会をいただき、無事大役を務めさせていただきました。娘たちにとって、良い経験になったと思います。また、「五節の舞」というのは、楽部ではこの様な時でもないと行うことがございませんので、楽師たちにとっても大変貴重な体験となりました。
国の一世一代の時というのは、先のことはもう考えず、今できることを瞬間瞬間にしていったという思いを今実感しております
ところで、楽師は、25人でして、それまでの大行事のことなどを考えますと、例えば今しがたお話した大饗の儀におきましても、久米舞だけでも4人は必要となります。25人から4人とってしまいますと、21人。これで歌い方と伴奏をする者を確保するようになりますが、実はその後に、五節の舞の配役が必要となります。また、伴奏の笛、篳篥などは全員代えます。そして悠紀主基の新しい舞と歌があります。これについても4人、4人をとることになるので、これでもう8人。それでなお、歌い方と伴奏を確保するとなると、もう全員が何らかの役を持っているということになります。
これは、誰か1人でも体調を崩して休むようなことになると、成り立たなくなってしまいますので、本当に大変な緊張感を持ってやってきたわけでございます。でも、このような大きな行事というのは、どこからか大きな力が働いてくれるのでしょうか、誰1人体調を崩して休むことなく、勤めることができましたのは、本当にありがたいことでございました。

大饗が終わりますと、両陛下と皇族方は伊勢神宮へ大嘗祭の終了の報告に参ります。12月1日から4日にかけては、奈良<神武天皇陵>、京都<孝明・明治両天皇陵>に同じく報告の御参拝をされました。京都御所においては、茶会が催されまして、饗宴の時と同じ舞楽「太平楽」と「萬歳楽」を舞わせていただきました。本当に両陛下、皇族方のお忙しいのがおわかりいただけるかと思います。国の一世一代の時と言うのは、行った者でないと分からないかもしれませんが、先のことはもう考えず、今できることを瞬間瞬間で務めていったという思いを今実感しております。まあ、そう簡単にできない体験ばかりでしたから本当に濃密な一年、二年でございました。
経済中心主義となって日本の美徳や価値観などが変わってきておりますが、今一度見直す上で雅楽の役割は大きいのではないかと感じております
岩波先生による笙の演奏私が申し上げたいことに、若い方たちにも雅楽の成立の歴史をしっかり知っていただきたい、というものがございます。技術の継承は長く厳しいもので、全く楽なものではございませんが、使命と役割、そして誇りを持って伝統を継承し守っていってほしいと思います。今は経済中心主義となって日本の美徳や価値観などが変わってきておりますが、今一度日本の良さを見直す上で雅楽の役割は大きいのではないかと感じております。そして日本には雅楽だけではなく、あらゆる領域に世界に誇れるたくさんの素晴らしい伝統文化が数多く継承されております。特に日本人のすごいところは、地域の特色を豊かに、お米の文化を通して多彩なものが残っている。"命"といわれるお米とともにある、日本の「祭」の大元はたいていそこから発せられている。そのような本来の価値観、食べることだけではなくて、稲の持つエネルギーであるとか、お米というものに対する日本人の長い歴史、先人の知恵を今こそ学び活かしていかなくてはならないと思います。

それからもう一つは、平安時代に"五次元"の音楽、私はそのような言い方をしているのですが、感情の入りようのない精神のレベルの音楽が完成されてしまった。400年という長い間に多くの文化が隆盛を迎えました。江戸時代が長いといっても約260年です。それに比べると400年というのは驚異的です。こういったことを素直にご理解いただく機会がたくさんあれば良いとつくづく思うわけです。平安の"五次元の音楽"、そしてその後、田楽であったり猿楽であったりしたものが能狂言となり、武士の嗜みになる。また、応仁の乱後、織田、豊臣、徳川と朝廷を庇護し雅楽が再興されます。徳川の時代では、歌舞伎や文楽というものが出てくる。そういった幅広い芸能の世界を持っており、それぞれが今現在まで伝承されている。こういったところが日本のすごい所であろうかと思います。また、江戸期においては雅楽の研究も盛んで、楽書(『楽家録』など)が編纂されるなど、幕府内においても、雅楽の御遊(ぎょゆう)に匹敵する催しもの、管絃の遊びがなされています。まさに、雅楽をすることをその昔は"遊び"と申しましたけれども、ただ単に遊興ではなくて、精神の調和、知の共有ということでなされてきた。特にこれからの時代はそういった日本の良いところ、素晴らしいところを学んで誇りを持って生きる、これが本当に大事ではないかとつくづく思っております。
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