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アーティストインタビュー
木津茂理 民謡を軸にして、民謡の楽曲や楽器だけにこだわらないでそのスピリッツの部分を表現したい
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宮本スタジオで恒例となった人気ワークショップ「しげりずむ民謡」。講師は、“民謡をうたいながら太鼓をたたく”というシンプルかつプリミティブな独自のスタイルで、一つのジャンルにとらわれることなく様々な活動を展開する木津茂理さんです。今回のアーティストインタビューでは、太皷館の秋山が「しげりずむ民謡」に参加し、ワークショップの合間のお時間をいただいてインタビューを行いました。強い信念を持ちながらも柔軟に様々な世界と融合していく、木津茂理さんの魅力をご紹介いたします。
民謡、ゴスペル、そして民謡
──今日初めて木津さんのワークショップに参加させていただきましたが、唄いながら叩くというのは難しいのですね。なんと言ったら良いのか、太鼓も歌も自分でやっていながらそれらがバラバラになって一体感がないというような……。

木津さん そうですね、もうあと30分くらいやればできるようになりますよ!

──木津さんはお父様が民謡の先生とのことですが、やはりご自身も小さい頃から民謡をやられていたのでしょうか?

木津さん ええ、もうお腹の中にいる頃から民謡を聞いていましたよ(笑)。

──お稽古はお父様につけてもらっていたのですか?

木津さん 父には唄を、本條秀太郎師に三味線、山田鶴喜美師に太鼓を教わりました。

──お母様もされていたのですか?

木津さん 特別歌手だとか言う訳ではないのですが、「チョイチョイッ」という掛け声をかけたりなどはしてましたね。

──初舞台は何歳の時だったのですか?

木津さん 3歳ですね。武田節という曲を唄いました。

──それから成長されるにつれ、中学ですとか高校ですとか、何か民謡以外のジャンルに心を奪われることはあったのでしょうか?

木津さん ありました!ありました!高校時代とかは家に帰ると「ペンペンペンッ」とか「プープープー」なんて音がよくしていて逃げ出したくなったこともあります。

──お教室はご自宅でされていたのですか?

木津さん そう、それが嫌で嫌で。

──その時には、民謡をやめたいと思ったりしたのでしょうか?

木津さん そう、その頃、ブラックミュージックに夢中になっていて、それも突き詰めるとゴスペルに行っちゃうんですよね。でもゴスペルが最後には“ジーザス”というところに向かって歌っているのをみて、「あぁ、私はクリスチャンでもないしーうちは何宗なんだか(笑)ーこれを歌っていたらうそになっちゃう」、と思ったんですよね。で、よくよく足元を見たら、民謡がある。あまりに身近にあって、生活の一部になっていて、それまでは民謡の良さが分からなかったのが、ゴスペルをやったり、海外に行ったり、外から見てみると、「なんだ、民謡って、かっこいいじゃん!」と、民謡を一つの音楽のジャンルとして意識するようになったんです。
太鼓を叩きながら唄う
──民謡では唄、太鼓、三味線など、それぞれ専門の方が演奏されるのですか?一人の方が舞台で同時にいくつもの事をこなすということではなく。

木津さん そうですね、分業になってますね。

──木津さんは現在、"太鼓を叩きながら唄う"というスタンスで様々な活動をされていますが、それを始められたきっかけと言いますか、何か"ひらめき"のようなものがあったのでしょうか?

木津さん うちは妹も民謡の歌手でしたし、家族みんなで民謡をやっていたんですが、何ていうのか、振袖着て真ん中で歌うあの民謡のスタイルにどうも馴染めなく、違和感を感じてたんですよね。嫌いというわけではないけど、好き好んではやらないというか。それよりは太鼓の方がおもしろくて、ずっと太鼓奏者として、民謡の歌手のバックで太鼓を演奏していたんです。それで、1997年にウズベキスタンで行う「第一回世界民族音楽祭」から演奏依頼があったんですが、急なオファーだったので、他に一緒に行ってくれる人が誰もいなく、結局たった一人で行くことになったんですよね。となれば、もう太鼓を叩いて唄うしかないな、と唄って演奏したところ、それが思いのほか、大喝采を浴びたんです。自分の中でも、太鼓は太鼓、唄は唄と、それまで太鼓と唄が別々の意識であったのが、「あ、これはくっつけてもいいんだ」と感じて。あと、太鼓を叩きながら唄うと、のりが出やすいのだということも分かったんです。さっき(注:ワークショップのこと)の「こきりこ節」でもそうですけど、こぶしが入るところには法則性があるのですが、太鼓と一緒にやっているとそれが分かりやすいし表現しやすい。“二石三鳥”の利点がある……、あ、“一石二鳥”か(笑)。で、「あ、このスタイルでやれるかも!」というふうになったんです。

──ワークショップの中で声の出し方を、「大地の底から声をはきだすように!」と仰っているのがとても印象的でした。"腹の底"ではなく、"大地の底"。とても強烈な表現に感じましたが、民謡というのは、もともとその土地土地で生まれ、そこにはその土地の言葉のリズムのようなものが影響しているのでしょうか?木津さんご自身は横浜のご出身ですよね。

木津さん そうなんです。父親は新潟の魚沼で、どちらかと言えば新潟の方の唄を多く……、半分ぐらいはやってましたね。

──民謡ではその人の出身に限らず、いろいろな土地のものを唄ったりすることもあるのでしょうか?

木津さん そうですね、今は。ひと昔、ふた昔前までは、自分たちの村だけで唄う、仕事をしながら唄って、飲んで、それで一日が終わる。というような生活サイクルだったんでしょうけどね。今では先ず労働の唄として唄われることはなくなっちゃいましたよね。機械の音で、唄っても聞こえないでしょうし、テンポも違うでしょ。で、今ではお稽古ごととしてやっている人が多い。だからみんなとりあえず全国の唄を唄うんですよね。私もそのことで悩んだことはありましたよ。

──え、そうなんですか!?

木津さん ええ、でも先ず都会の言葉で育っているので、訛れない。それで、こんなんで民謡やっていて良いのかと悩んだ時があったんです。でも、「いや、土地に根付いたいろいろなものがある前に、それを唄おうと思った気持ちがあるはずだ」と思ったんです。その思いのところを再現すれば成立するかなと。

──民謡というと、必ずしもうれしい気持ちだとかプラスのものだけでなく、不満だとかつらい境遇を唄ったものもあると思いますが、木津さんの民謡を聞くと、とても前向きな感じを受け、そして自分もそんな気持ちにさせられます。今のお話を聞いて、それは「民謡成立」以前の気持ちの部分を木津さんが大切にしているからなのかなと感じました。

木津さん 結局つらいことを忘れるためだとか、何かの思いがあって唄っているんですよね。つらいものを「つらい、つらい、つらい……」と唄っていたら、そのまま川に飛び込んでしまいますからね(笑)。そのような思いを唄に昇華させるという効果があったんじゃないのかな。

──太鼓は、平太鼓と締太鼓の2つの太鼓を主に使われていますが、他の楽器も演奏されることもあるのでしょうか?

木津さん ええ、以前はシンバルですとかいろいろな楽器を持ち歩いてましたね(笑)。
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