──2007年「余韻」第1回目が東京六本木のスーパーデラックスで行われるのですが、ここに至る経緯どのようなものだったのですか?
渡辺さん タップダンサーのタマンゴが日本にいる内に、「アース・セレブレーション」だけでなく何かやりたいと思ったのが始まりです。あとは鼓童の大きな舞台ではなく、もっとこじんまりとした場所で即興性が溢れるようなものをやりたかったですよね。
──「余韻」というタイトルがとても印象的なのですが、どなたが考えられたのですか?
D.H.ローゼンさん(「余韻」プロデューサー) 私たちがやろうとしていることを一言で表す言葉を探し、薫といろいろ音楽に関する言葉を出し合っていて、Resonanceになりました。これは形容詞になると、Resonateで、「波長が合う」、「バイブレーションが合う」という意味があります。「余韻」の会場には、いろいろな波長の人が集まると思うのですが、それがResonantするかしないか、というところでしょうか。
──リリースに、「言葉を超えた体験」ということが紹介されてましたが、それはResonateするということなのでしょうか?
D.H.ローゼンさん 私たちも第1回目のときは、「余韻」というタイトルはつけたけど、どうなるか全く分からなかった。それが実際やってみて、出演する側だけでなく、観に来る人たち、200人くらいいたのですが、この舞台が終わった後、その人たちにとっても、「今日はちょっと何かすごいことを目撃した!」「ここにいて何か得しました」というような空気が流れていた。その部屋がResonateで満たされていたんです。これでは1回限りでは終われない、ということになりました。出演者にわざわざ海外から来てもらわなくてはならないことなどあり、2回目までには少し間がありましたが。
また、第1回、第2回で異なるというだけでなく、これは公演ごとに違ったものになります。出演者も観に来る人たちも違いますし。
──一期一会と言いますか、1回限りの公演。これはとても貴重ですね。
渡辺さん ええ、だからこちら側も結構ドキドキしながらやっていますよ(笑)
D.H.ローゼンさん 本当に、観ている側も「えぇー、これ一体どうなっちゃうの!?」という場面などあって。ありきたりな表現ですが、舞台側と観客との境界線がないんです。この人たちが(観に)来たからこういう公演になった、というのがありますね。
──今回の「余韻」の見所も、また何が起こるか分からないというところにあるのかも知れませんね。
D.H.ローゼンさん とくに今回の東京のキャストは、とんでもない人たちですので(笑)。
渡辺さん 「余韻」の一つの大きな要素が舞台美術です。特にダニエルさんが作るオブジェや映像と柿沼浩二さんの書道、そういうものが他の出演者と関わる事が「余韻」の一つの見所です。今回の公演は佐渡、東京、京都でやりますが、各場の会場とそのオブジェとの関係がそれぞれ違いますし。
──最後に、薫さんご自身、これから力を入れていきたいこと、何か予定しているプロジェクトなどはありますか?
渡辺さん ひとつは、引き続き僕が今まで日本で学んだ事をアメリカに住んでいる人に伝える事です。自分の太鼓スクール以外でも今年の秋からプリンストン大学で太鼓を教える事になっていますし、アメリカだけでなく、カナダでもワークショップをしています。中南米の4カ国へ演奏旅行にも行く予定もあります。
もう一つは、自分のグループを作ったり自分の芸をもっと磨く事です。
D.H.ローゼンさん あと、「余韻」をアメリカでもやってみたいですね。いままで日本でしかやっていませんが、ニューヨークでも、パリでもいけるのではないかと思っています。
──へぇ! すると、第4回でしょうか?
渡辺さん そうですね、そうすると2011年になってしまうので・・・。
D.H.ローゼンさん 2012年くらいです。
──そうですか。今後ともご活躍のほど、楽しみにしております。
どうもありがとうございました。