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アーティストインタビュー
渡辺薫 音楽家として成長するより、人間として成長したい
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フルートとの出会い
──今日は渡辺薫さんご自身とこの8月に行われる「余韻」の魅力についてざっくばらんにお話を伺いたいと思います。どうぞよろしくお願いいたします。最初に、薫さんはフルートと篠笛を同時にこなす演奏者、また演出家として様々なところで紹介されておりますが、最初に手にした楽器は何だったのでしょうか。

渡辺さん ヴァイオリンです。
父がセイントルイス交響楽団のヴァイオリン奏者です。僕は3歳頃からヴァイオリンを父から習って、結構厳しい先生でしたね(笑)

──みっちりお稽古の日々だったのですか!?

渡辺さん そうですね。いつも練習しなさいと言われ、それでなんだか嫌になっちゃったんです。

──13歳の頃からフルートを始めたられたとのことですが。

渡辺さん 12歳頃ですね。そして同じ頃、実家のセイントルイスで御諏訪太鼓の小口大八先生のワークショップに参加したのが太鼓を始めたきっかけです。

──最初に取り掛かった和太鼓は、御諏訪太鼓だったのですね。フルートを始められたのは、何かきっかけなどあったのでしょうか

渡辺さん 両親が2人ともミュージシャンですが(母がハープ奏者、父がヴァイオリン奏者です)、何か楽器をやってほしいと。近所の人からフルートを借りて、「じゃあ、これをやってみようかな」と、割と軽い感じではじめました(笑)。

──続けているうちにどんどん好きになっていったのですか?

渡辺さん それより一発目から音が出たんです。何だか自然に音が出たというか。 それから3年間くらい続けて、少し上手くなり、周りの人からも褒められるようになってから、楽しくなりましたね(笑)。

──なるほど。周りの人に持ち上げられてですか(笑)。

渡辺さん それで、だんだん真剣になってきて、高校を卒業する頃からプロになりたいと思い始めました。

──その時も和太鼓は続けられていたのですか?

渡辺さん 太鼓はずっと気軽な感じでやってたのですが、フルートに夢中になって、高校2年あたりで太鼓を何となくやらなくなりました。そして、アメリカの高校は4年間ですが、4年からはミシガン州にある芸術高校(インター・ロケン・アーツ・アカデミー)でフルートを専攻しました。

──その後、マンハッタン・スクール・オブ・ミュージック大学へ進まれて、ここではフルートの他にジャズサックスも専攻されてますよね

渡辺さん そうです。この大学は有名なミュージシャンを送りだしている一流の音楽大学で、とても勉強になりました。その時はとにかくジャズに夢中でした。
鼓童での9年間
──大学を卒業されて、日本へ来られるわけですが、「日本」を意識しはじめたのはいつ頃からなのですか。

渡辺さん そうですね。大学時代、黒人のジャズミュージシャン友達と一緒に演奏や話をし、その内、ジャズ音楽は黒人文化とどう関係しているのか、自分の文化とはどう関係しているのかを考え始めました。そしてそのことを知っていくと今度は、「"自分の文化"って一体何なのだろう?」と、自分の音楽やルーツの事をいろいろ考えるようになって、そして「日本に行かなきゃいけない!」と思ったんです。

──それより前には、日本に来たことはありましたか?

渡辺さん ええ、日本に親戚が多いですし、子供の頃何度か来ています。しかし、大学生の時、ある意味大人として初めて日本に来たのですが、あまりにも日本の事を知らなくて、カルチャーショック状態でした。それこそ日本に住む必要があることを実感しました。

──日本に来られて、先ず能管の松田弘之氏、篠笛の鈴木恭介氏に師事したのですよね。

渡辺さん 半年くらいの間です。

──はじめて日本の横笛をやられて、戸惑ったことなどはありませんでしたか?

渡辺さん 山ほどありました(笑)。

──それはどんなことですか?教え方など、だいぶ違っていたのではないですか?

渡辺さん そうですね、例えば、とても表面的な話ですが、まず日本の場合は「正座」ですよね。能管の松田先生に初めてレッスンを受けに行った時、稽古場に入ったら一人の生徒さんが笛の曲を口唱歌で歌っていました。他にも何人かの生徒さんが正座して待っていました。順番が回ってくるのを待っているのですが、僕が正座をしたのは、実はこの時がはじめてだったんです。

──そうですよね、アメリカの生活やフルートを吹きながら正座はしないですもんね(笑)。足がしびれてしまったのではないですか

渡辺さん ええ、だいぶ苦労しました(笑)。結局、自分の番になったのは、2時間くらい経ってからでしょう。それから自分のレッスンを受けました。最後に先生がとてもご親切に花見や隅田川など、日本のことに関していろいろ教えて下さったのですが、足が全くしびれてしまって大変な状況でした。あの時はほとんど何も耳に入ってこなかったですね(笑)。

──確かに日本のお稽古では、明確な時間が個人にり振られていないので、いつ自分の番になるのか読めない部分がありますよね

渡辺さん 待っている時間に他の生徒さんの稽古を見て学ぶ、「見学する」という大事なこともありますね。

──そしていよいよ鼓童に入られます。
鼓童はアメリカなどへも海外公演をしていますど、薫さんは、アメリカにいた頃から鼓童を知っていたのですか?


渡辺さん カーネギーホールでの公演を観てとても感動したのを覚えています。ただ、この頃は鼓童のプレイヤーというよりは、鼓童の研修生になりたかったですよね。太鼓以外にも笛、踊り、茶道、狂言など、普通の日本人ができないような体験、そういったこともすごく興味がありました。

──鼓童では、篠笛を中心にされていたのですか? それとも、太鼓も同じくらい演奏されていたのでしょうか?

渡辺さん 研修の時は他の研修生に負けないぐらい太鼓、歌踊りも一所懸命やっていましたが、やはりプレイヤーになってから笛が専門になりました。

──鼓童は海外公演などで、アメリカへも行くわけですけど、日本の芸能集団の一員としてアメリカへ行かれた時には、何か不思議な感覚などはありましたか

渡辺さん アメリカ公演に限らず、不思議な感覚ありましたね。日本語もちゃんと話せない、日本の音楽で育っていない自分が民謡や日本的なものを演奏することに違和感を感じることが多々ありました。
自分が違和感を感じないように、たくさん勉強や練習をし、苦労をしましたね。目的として日本の風景が浮かんで来るような笛の音を出したかったのです。
例えば、数年前の鼓童の芸能際「アース・セレブレーション」でブルキナファソの人達と共演しましたが、リハーサルの時にある方が「ジャンべ」というアフリカの太鼓を叩いたんですよ。アフリカへ行ったことのない自分がそれを聞いた瞬間、突然アフリカに飛んで行った、何か不思議な感じを受けたことがあったんです。

──その一音で空間が変わってしまったんですね。

渡辺さん そうなんです。笛の一音だけで、如何に空間を変えられる事を既に工夫しています。

──それはすごいことですね。
さて、その「アース・セレブレーション」なのですが、2005年より薫さんは演出を手掛けられています。演出ということをするのは、2005年の時が始めてだったのでしょうか?


渡辺さん それまでは、作曲や曲のアレンジをしましたが、公演の最初から終わりまでの演出ということは初めてです。

──初めてやられて、どうでしたか?

渡辺さん あの時は、ゲスト出演者がバグパイプのカルロスヌニェズと書道家の柿沼康二さんでした。その二人や鼓童のメンバー達と何度もやり取りをして内に、皆様のお陰でイメージが割りと自然に湧いてきましたね。

──鼓童を独立されてからも、音楽に限らず、様々なアーティストと共演されていますが、薫さんは共演する人をどのような視点で決めているのですか?

渡辺さん 先ず人ですね。例えば、「チェロの人」とやりたいというよりは、「この人」と一緒に舞台を創りたいという視点で考えてます。

──鼓童の生活、佐渡での生活の中で一番印象的だった、或いは薫さんのその後の活動に影響を与えたことはどのようなことですか?

渡辺さん たくさんありすぎてとても一つには絞れないですね。
まぁ、一つは鼓童や佐渡では、「一流のアーティスト」、いわゆる芸に人生をかけている人や、起きた瞬間から寝るまで「芸」若しくは「美」を意識している人がたくさん周りに居たということです。それはとても幸せな事で、今はNYに居ても、出来るだけそうであるようにしています。
そしてもう一つは、さっきも話した「日本の風景」ですが、佐渡の「田んぼ」、「空」、「山」、「海」、「人」、今でも笛を吹く時には、これらの「風景」がイメージとしてあるということですね。

──鼓童に入る前と後で薫さんご自身変わったと思われることはありますか?

渡辺さん そうですね、9年間もいましたからね。入ったときは、日本語も話せなかったし、文化のことも全然わからなかったし、自分でなにも出来なくなりました。なんだか赤ちゃんみたいなものでしたね(笑)。鼓童に入って、本当にいろいろ学びました。「言葉使い」から、「日本文化」も「音楽」も、そして「芸に対する姿勢」、そして「生き方」までいろいろと。やっぱり一つに絞れませんね(笑)。あと、歌舞伎の坂東玉三郎さんと接することもかなり大きいな影響を与えてくれました。いろいろな相談を受けて下さったり、アドバイスをいただき、僕にとってはとても貴重な出会いでした。
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